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五月八日は「母の日」であります。

母ちゃん、お母さん、お袋、おっかぁ、ママ  とイロイロ呼び方がありますが

日ごろなかなか出来ない感謝を。
NEC_0330.jpg


人並みにカーネーションを送り、今晩は寿司でも食いにと(回るやつだけどW)

今の私は石川啄木の歌のこんな心境でもあります。

石川啄木
「たわむれに 母を背負いて そのあまり 軽きに泣きて 三歩あゆまず」

(ふざけて母を背負ったら、大人の自分にとって思いのほか軽かった。
こんなにやせ細るまで苦労をかけてしまった。
年老いていく母のことを、どれだけ心にかけていたのか。
それをまざまざと思い知らされ泣けてくるのである。)



また今日の産経新聞の産経抄にはこんなエピソードが
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 今日は「母の日」ということで、「国母(こくも)さま」という古い言い習わしを思い出した。天皇の母、つまり皇太后を指す場合のほか、国民の母という意味で皇后のことも言う。かつては慈愛にあふれたお姿を親しみをこめ、そう表現することが多かったのだ。

 以前、歴代の天皇に国民の生活を思いやる「民のかまど」の精神が受け継がれていることを書いた。一方では悲田院などで知られる奈良時代の光明皇后以来「国母さま」の伝統も生きている。近代では、後に昭憲皇太后と呼ばれる明治天皇の皇后がそうだ。

 明治37年、明治期最大の国難といえる日露戦争が始まると、その行方に心を砕かれた。自らは包帯を戦場に送ることに専念される。産経新聞連載の『教科書が教えない歴史』によると「宮中の一室は包帯製作室と化し夜を徹して包帯作りに精励された」という。

 天皇陛下とともに大震災の被災地を訪問されている皇后陛下にも「国母さま」の言葉がピッタリという気がする。ご体調は必ずしも万全ではないはずだが、ヘリコプターで各地を回られる。律義に両膝をついて、見舞いや励ましの言葉をかけられる。

 一昨日、岩手県釜石市の避難所で震度3の余震があった。近くにいた松田節子さんは思わず皇后さまの手を握ってしまった。皇后さまはしっかり手をとったまま周囲に「落ち着いてください」と声をかけられたという。松田さんにとって生涯忘れられないぬくもりだろう。

 「母の日」は米国で母に感謝する日として始まった習慣を戦後、取り入れたものだ。だが日本人も古くから慈悲深い母の理想像を抱き、母親を大事にする心を養ってきた。「国母さま」の表現がそのことを教えてくれる。

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